はじめの一歩第189号)
『贈る言葉』
戸田 美帆
さて、心に残ったものはなんだろう。
今、思い出す言葉はなんだろう。
親から子がいただくものって、何が残るのだろう。
二月。静かに目を閉じ体温を下げた父親の福耳を連日撫でた。柔らかさを確認する。頭は冷たいが、耳たぶは、生きている時とあまり変わらないような気もしていた。
そこに父親が存在する。体が在る。そこに居る。寝ているみたい。寝ているだけなのか。桔梗色の地に金や銀の日本刺繍があしらわれた衣を布団に掛け「これも私の妻の作品なんです。」と、誇らしげな表情にも見える。まだ、こちらからの話し声も聞こえるのかもしれないとも思う。
毎日、話しかける。
枕花の香りが柔らかく、たくさんの種類の花の色が静かに淋しさを紛らす。
まだ教えて欲しい事がたくさんある。寝ているそばでいつも通り日々の報告をする。そして、迷いに対してのアドバイスを求める。頭の中には、確かに返事が聞こえる。きっとこういうであろう返事。声もわかる。
三月。そして、それがようやく今まで教えてもらってきたことなのではと気づく。
これからも頑張ります。見ていてください。そしてこれからも頼りにしています。どうか尋ねたときにはまたアドバイスよろしくお願いします。今までも、これからも。どうか、また会うその日まで。