はじめの一歩第196号
『身近なところでも』
内藤博美
能登半島地震での避難所生活の長期化でやはり思い出してしまうのは、古里小学校の体育館避難し夜を明かした時の事だ。
2019年10月台風により町内の浄水場の取水導水管の損傷により断水してしまった。
給水車のほか自衛隊の入浴支援が来た。
給食、トイレ等の水に近隣の園より沢山の備蓄水の支援を頂いた。
我々は保育と水の運搬作業も行った不便ではあったが電気、ガスは使えていたのはありがたいことだった。
雨が降り続き台風上陸。マンホールから水があふれ、園の周りでも水が流れ土砂が混ざるようになってきた。
危ない!文化会館へ避難しょう!
残ってる子どもと園長先生は園をあとにした車での移動も怖かった。
吉野街道も青梅街道も土砂崩れにより帰宅できなくなってしまった。
台風がすごかったら園に泊まるかもと話をしておいたところ、給食の先生が、のりたまのおにぎりを手渡してくれた。ありがたかった。
体育館ではマットが敷かれていてペットボトルの水、毛布が配られた少ししてサバイバルシート、
非常食のおかゆと炊き込みご飯が配られた電気ポットでお湯が用意された。
19時過ぎ炊き込みご飯で夕食を摂った。
食後はサバイバルシートの中に入ってみたりして近くにいた子どもたちと過ごした。
急に消灯となると不安になりそうなので少しずつ暗くすることも話した。
22時頃に雨がおさまり家に帰る方もいた。
毛布を譲ってもらい、床に敷きもう一枚をかけた。入口だけ電気がついていた。
暗くなりみんなが寝始めた。静まり返り、カサカサと音が出るサバイバルシートの中にははいれず、毛布の間にかけて横になったが、寒くてねつけず0時半。
空いていた体操用マットを見つけその上に横になった。
足音で目が覚めた5時半だった。
緊急車両用に道路が通れるようになったと仲間のラインで知った。
沢山の土砂が道路脇に山になっていたこんなことになるとは思わなかった無事帰宅し、まず暖かいお風呂に入った。ほっとした。
園周辺では土砂の片付け作業に追われたとのこと。
今は水の通り道も整備され、安心して生活できているたった12時間の避難生活だか書き残しておこうと思った。